★ Dig Dug Worm ★
<オープニング>

 ある朝、深田という70過ぎの男性が市役所の対策課を訪れた。この日も朝から市役所は多忙であったが、植村は深田の話を親身になって聞いた。何でも、深田のマイホームは、昨夜、なくなってしまったらしい……。
 ムービーハザードや悪のムービースターによって、壊されたとか住めなくなったとか、そんな次元の話ではなかった。深田がローンを払い終え、他界した妻との思い出が詰まったマイホームは、ガレキすら残さず消え失せてしまったのである。深田は命からがら家から脱出し、かすり傷と打ち身程度ですんだ。
 不幸中の幸いにして、銀幕市内に身寄りがあるので、深田が今日からダンボールハウス暮らしを強いられるわけではない。しかし、老人はすっかり憔悴しきっていた。

「深田さんは、数日前から家の小さな揺れに気づいていたそうです。それが昨夜、直下型の大地震のような揺れに襲われて、家は倒壊してしまったのですが……ガレキは全部土の中に飲み込まれてしまったらしいんです」
 植村は資料をめくり、深田の話を総括した。
「調べてみましたが、どうやら『Desert Hole』という映画から出たムービースター……というかモンスターが、深田さん宅を襲ったようなんです。資料見ますか? ……ものすごく大きいんですよ」
 植村はものすごく心配そうな顔だ。無理もないかもしれない。『Desert Hole』に登場した巨大なミミズのようなイモムシのようなモンスターは、地面の上の家を一飲みにできるほどの大きさなのだ。新種の地底生物で、とにかくいつでも餓えているという設定だった。
「深田さんのご自宅は、杵間山登山道の近く……銀幕市郊外にありました。人が住んでいる住居はほとんどないのですが、件のモンスターを何とかするなら今のうちです。市街地の地下にまで来てしまったら大変なことになります。ご協力お願いします!」

種別名シナリオ 管理番号72
クリエイター龍司郎(wbxt2243)
クリエイターコメントまた戦闘系シナリオです。今回の敵はものすごく大きいミミズのようなモンスターです。RPGに、よく「サンドウォーム」というような名前で登場している、アレ系だと思ってくだされば。
深田サンのお家は30坪程度の大きさでしたが、一飲みにされています。場所は郊外のため周囲を気にする必要もないので、ハデな戦闘で暴れたい方にオススメです。

参加者
シュヴァルツ・ワールシュタット(ccmp9164) ムービースター その他 18歳 学生(もどき)
神宮寺 剛政(cvbc1342) ムービースター 男 23歳 悪魔の従僕
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
取島 カラス(cvyd7512) ムービーファン 男 36歳 イラストレーター
<ノベル>

 本格的な春が来るのは、もう間もなくだ。しかしふもとから見上げる杵間山はまだ緑も少なく、褐色に見える。風も冷たかった。とりわけ、今日の風は冷たい。冬用の上着を着なければクシャミが出るくらいだ。
「まだ咲いてねえかぁ」
 寒々とした風景を見上げて、神宮寺剛政 (ジングウジ・タカマサ)はそうひとりごつ。彼は、あまり厚着をしていない。桜の開花を見たいので、ここのところ毎日杵間山の登山道近くを散歩しているのだ。登山道には、彼以外に人影もなかった。まだ見るべきものが何もないから、無理もない。
「……ん?」
 毎日散歩に来ているから、剛政は気づいた。景色を眺めているうち、少しずつ沸き起こってくる違和感。何かが昨日とちがう……。
 そしてかすかな、こもった音が聞こえてきた。どこから聞こえてくるのか、何の音なのか、剛政は戸惑いながら辺りを見回す。なぜか、ゾクゾクと背筋から悪寒が広がってきた。これは……、イヤな予感、というヤツか。
 剛政を襲った違和感とイヤな予感は、すぐに、とんでもないかたちを取って現れた。
 剛政は、何も知らなかった。付近に昨日まで建っていた家が、一瞬で消えていたこと。そして、その家を消した張本人が、まだこの山麓に潜んでいたということ。
 この地響きといま姿を現すモノは、ムービーハザードと紙一重のムービースターだった。


「あれ!」
「オッ?」
「うわっ」
 市役所の対策課で植村から話を聞き、3人の有志が現場に向かった。現場に到着するなり、シュヴァルツ・ワールシュタット、ルイス・キリング、取島カラス(トリシマ・カラス)は、そう声を揃えて一瞬呆気に取られた。山麓は広いので、どうモンスターをおびき寄せるか、道すがら話し合っていた3人だったが――すっかりソレは取り越し苦労に終わってしまった。モンスターはすでに土中から首を出していた。
 あまりにも圧倒的な大きさで、3人の予想をはるかに超えていた。もしかすると、深田の家を食べたことで成長したのかもしれない。モンスターが首を出しているところからはまだ100メートルばかり離れているが、土埃と怪物の大口、皮膚の作り物っぽいヒダまでハッキリ見える。
「おい! 誰かいるみたいだ。何だかオレ、ちょっと見覚えがあるっぽいぞ!」
 ふざけているのか大真面目なのか、ルイスがそう叫んで走りだした。彼は人間ではなかったから、物凄い速さだった。ルイスが本当に慌てて走りだしたのか、シュヴァルツとカラスが確かめる暇もなかった。
 巨大ワームがもたげている首の前に、誰かがいるのは確かだ。土埃の中に、大柄な男の姿があったような。
「行こう!」
 シュヴァルツがカラスに声をかけ、ルイスにつづいた。
 カラスは頷いただけだ。少しだけ上の空だった。
 ――ルイス……。もし、彼が暴走したら……。
 カラスの心配をよそに、ルイスは顔に笑みさえ浮かべて走っていた。


「な……、なんだコイツ!」
 もうもうと立ちこめる土埃に目を細めつつ、剛政は叫んだ。視界が暗い。煙幕のような土埃の向こうから、巨大な何かが影を落としている。首をもたげているソレの姿を目の当たりにしても、剛政はそう叫ぶしかなかった。まったく見たこともない生物だったから。
 カビと汚水のような悪臭がした。褐色の管状の身体は、低予算B級映画のモンスターを髣髴とさせる、安っぽい見かけだった。けれども、この巨大イモムシは魔法の力で生きている。どんなにいい加減な塗装と造作でも、このイモムシの中には人が入っているわけではないし、ロボット制御されているわけでもないのだ。
 目も鼻もない頭部には、ただ、鋭い牙が円周に沿って植わっている、丸い大口があるだけだった。口を開閉する役目を持っているのは、唇ではなく牙らしい。今はその牙を開き、生臭い息とヨダレを吐いていた。目もないのに、呆気に取られている剛政の存在を認識しているらしい。口は明らかに剛政の真正面にあった。
(散歩中になんでこんなとんでもねぇヤツと遭うんだ。コイツ間違いなく俺を喰う気だ。オレってどこまでついてねぇんだ!)
 一瞬で、剛政はそう考えながら自分の設定を思い返した。たまたま化物に殺されかけて、運良く通りすがりの紳士に救われたと思ったら実はその紳士はとんでもない冷酷非道な悪魔で、そのままなし崩し的に戦いに巻き込まれていく――自分は、とことんツイてない主人公なのだ。
 だから、散歩中に突然怪物に襲われていきなり喰い殺されそうになる展開など、彼にとっては唐突でもなんでもないのかもしれない。むしろ自然なストーリー展開だ。
 ……そう思わないとやっていられないのだ。
「くっそぉ、ふざけんなぁ!」
 剛政の髪と目の色が、ガラリと変わった。茶色だったソレが、銀髪と赤目へ。そして怒りに任せて振るった拳は、赤いオーラをまとっていた。
 爆音。
 向かってきた巨大な頭部に、剛政はフックをお見舞いしたのだ。派手なアクション映画ではおなじみの轟音だ。巨大ワームは奇妙な声を上げて、土埃を巻き上げながら地面に倒れた。
「気持ち悪いんだよ、てめぇ!」
 剛政の叫びに、答えはない。ただ、ギルルルル、ギョルルルル、と明らかに架空の鳴き声が響き――地面が揺れた。剛政は、何とか足を踏ん張ってバランスを取る。舞い上がる土煙の勢いは凄まじく、目を開けていられないほどだ。
「おうい、ご機嫌いかがー?」
 突然、剛政の真後ろで声がした。脳天気で、緊迫感も台無しだ。剛政は、その声の主に肩まで叩かれた。その声にも、この状況で脳天気になれる性分にも、剛政には心当たりがある。土埃から目をかばい、揺れに堪えながら、剛政は声を張り上げた。
「ルイス! あんたか!」
「正解! あんた、丈夫そうだからコレ預けとくよ。よろしくぅ」
 ふたりは、街のカフェで少し話したことがあった。旧知の仲というわけではないのに覚えていたのは、お互い、相手に強い印象を持ったからかもしれない。ルイスは土煙の中、何かを剛政に押しつけた。
 目をこすって剛政が見れば、ソレは、古いロザリオだった。
「タイミング見て、ソイツでオレを殴ってくれ」
「何だよ、タイミングって?」
「まぁ、そのうちわかるさ」
 振り向けば、砂の中、爛々と光るルイスの目。
 禍々しい赤だった。
「さっさと片づけよう! アイツが街まで行ったら、困るのは対策課の植村だけじゃないんだよ」
 駆け寄ってきたシュヴァルツが、地鳴りに負けない声を上げる。そう……、小さくなってはいるものの、地面の揺れはずっと続いていた。シュヴァルツは屈みこんで地面に手を当てた。地中で起きている振動が、彼の手に伝わってくる。
「めんどくさくなったなあ。だいぶ深くまで潜ってる」
「何とかなりそうか?」
「何とかするよ。昼ごはんがかかってるからね。オレはコイツみたいに、建物なんかで食欲満たせないんだから」
 ウゾウゾとシュヴァルツの長い黒髪が揺れた。髪の間から、タランチュラよりも大きな黒い蜘蛛が現れる。そして、目には見えず、耳にも聞こえないコトノハが、シュヴァルツの手と影から地中に向けて発せられた。
 地面は、微動しているだけにすぎなかった。次の瞬間までは。
 引いていた揺れは、再び大きくなっていく。立つのもままならない揺れに成長するまで、そう時間はかからなかった。カラスは携えていた剣を抜く。日本刀に似て、わずかに湾曲した刃だったが、片刃ではなく両刃であった。

 ズッドドドドオオオオオオオオオオッ!!
 そしてその轟音に絡みつく、架空の叫び声。

 土塊と泥を吹き飛ばし、土煙を上げながら、巨大な怪物は地中から飛び出してきた。そのシルエットは、まるで天に昇ろうとする龍のようにも見えた。手足も角も神々しさもないが、その巨大さだけは想像上の龍に匹敵する。
 モンスターはシッポの先まで土から出した。その作り物じみた体に、無数の虫がたかっている。
「うわ……」
 気持ち悪いものが嫌いだ、と先ほど怒鳴った剛政は、一気に引いた。
 巨大ワームはヨダレと土を飛ばしながら身をよじり、ザワザワとおのれの体に喰らいついている虫たちを振り払おうとしていた。ワームの皮膚に咬みついているのは、ムカデやヤスデやアリたちだ。土中に生息していた虫という虫が、シュヴァルツに従っている。虫はあまりに小さく、個体の力は弱かった。巨大ミミズが体をひと振りするだけで、あえなく振り落とされていく。
 虫を振り払い、怪物は鎌首をもたげて、下を向いた。
「また潜る気だ!」
「……逃がさない!」
 カラスが虫を蹴散らしながら怪物に近づき、その正面で、剣を地面に突き刺した。
 地獄から持ち帰ってきたその剣は、龍水剣といった。水の力を帯びた剣が、冬の間に乾いた土を一瞬で潤す。土は泥になり、巨大すぎる怪物はバランスを崩して、泥の中に倒れこんだ。
 哄笑が響きわたった。
「ハハハハハハ、そうだ、逃がしゃしねぇえっ!!」
 まさに、青天の霹靂だ。雷雲もない空から、唐突に雷が落ちてきた。雷を呼び、雷に命じているのは、目を見開いて大笑いしているルイスだ。水を吸った地面と、その中でのたうつ怪物に、落雷が立て続けに突き刺さる。虫が焦げ、怪物はのけぞった。
「ギイイイイイイィ! ビィィィイイ! ギーッ、ビギィーッ!」
 バリバリと帯電しながらも、怪物は大口を開けて4人を見下ろした。その叫び声は、恐らく怒りの抗議だろう。まだ深刻な苦痛を味わっているわけではないらしい。
「危ない危ない……様子見ててよかった。感電するところだったよ……」
 ルイスが放った電撃の残渣が消えるのを冷静に見計らい、シュヴァルツが鋼糸を繰り出しながら走った。泥を跳ね飛ばしながら怪物の周りを走るシュヴァルツは、ルイスとは違い、顔に不敵な微笑を浮かべていた。
 ヒュルヒュルと空が裂かれ、怪物の皮膚もあざやかに切られていく。傷口からは、何ともB級らしいオレンジ色の血が噴き出した。
「チマチマやってんじゃねぇえっ! もっとだ、もっとブチまけんだよぉおおっ!」
「ん!」
 ルイスの叫び声を受けて、シュヴァルツは眉をひそめ、一瞬で鋼糸を切り、その場から飛びのいた。ごうっ、と暴風のような音がして……、
 泥が消えた。虫も消えた。杵間山の寂しい山麓が、おどろおどろしい血の色に染まった荒野へと姿を変えていく。ただの荒野ではない。数え切れないほどたくさんの十字架が刺さっている。
 ルイスがロケーションエリアを展開したのだ。それが彼の意思によるものなのかはわからない。ルイスには、すでにまっとうな判断力がなくなっている。笑い声の中、彼の目がギラギラと光っていた。ルイスのシルエットは漆黒だ。赤い背景と黒い影のコントラストが、目にしみる。
 ルイスの体は、空を飛んでいるように見えた。
 だが、彼はただ、跳躍しただけ。
 どすん、と着地したのは、怪物の胴体のほぼ中央だった。
「ギィィィィイイエエエエエィィィ!!」
 巨大ワームは、その大口から、ゴヘッと大量にオレンジ色の液体を吐いた。
 ルイスはゲラゲラ笑いながら、踏み破った傷口に手をかけ、バリバリと引き裂いていく。怪物はのたうち回った。今ははっきりと苦しんでいる。
「アレがタイミングってヤツか? ……いや、まだか」
 ロザリオを握りしめ、剛政が呻いた。
「……ルイスは、そのロザリオで力と心を抑えてるんだ」
 カラスが張り詰めた表情で答えた。
「強いのはいいんだけど……あっ!」
 シュヴァルツがバーサーカーに難色を示したそのとき、怪物は信じられない行動に出た。
 叫び、血を吐きながら激しく身をよじる。ルイスが暴れ、破壊しているのは、かれの体の半ばだ。怪物は下半身に相当する部分を放棄した。トカゲがシッポを切るように、ぶちぶちと自ら体をちぎる。
 ミミズに近い生物という設定らしい。頭さえ無事なら体を再生できるのだろう。半分になってしまっても、怪物はまだ大きかった。引きちぎられた半身は、意志を失ってビクビク痙攣している。
 ルイスの横暴から逃れると、怪物は怒り狂った牙を剛政たちに向けた。
「ちぃっ!」
 ロザリオは左手に持ち替えていた。剛政は、赤く光る右の拳で怪物を迎え撃つ。カラスの剣は、ザクリと怪物の頭の横に喰らいついた。殴られたうえに切られて、怪物は頭を持ち上げる。
 すると、怪物の牙がバラバラ落ちてきた。剛政とカラスの後ろで、ヒュルリと甲高い音が鳴る。シュヴァルツが、怪物の牙に糸をかけていたのだ。子供の乳歯のように、怪物の牙は根元から切れて落ちていく。
 見れば、シュヴァルツが糸を絡めて切った皮膚は、暗い紫や黒に変色していた。怪物はしわがれた声を上げて体をくねらせたが、目に見えてその動きが鈍っている。シュヴァルツは、鋼糸に毒を仕込ませていたのだ。
「よっし、もうちょいか……!」
 歯を食いしばり、剛政が拳に力をこめる。
 しかし向こうも、力を振り絞っていた。半数の牙を失った口を大きく開き、最前列にいる剛政に襲いかかったのだ。
 カラスの一閃が、怪物の体の側面を斬った。大ミミズは捨て身だった。剛政の大柄な体躯が、すっぽりと大口の中に収まろうとした、そのとき。
 ドグォオン、とこもった爆発音が響き、怪物が断末魔の声を上げた。バシャバシャと、赤い血に染まった荒野に、十字架に、怪物のオレンジ色の肉片と体液が飛び散る。剛政の体を呑みこもうとしたまま、怪物の頭部はゆっくりと傾き、地響きを立てて地面にのびた。
「……ククククク……ヒヒヒヒヒ……!」
 オレンジ色の肉塊と化した怪物の中から、ルイスが姿を現した。
 ちぎれた半身の傷口から、ワームの体内に潜りこんだのか。それとも、傷口の付近で魔力の爆発を起こしたのか。誰もその手段を見なかったが、爆音の原因はルイスが作ったらしい。
「何だァ……まさか、もう終わりってんじゃねぇだろぉなぁ……!? あぁ!? クハハハハ、オイ、起きろやぁあ!」
 もう動かなくなった怪物の頭を、ルイスは笑いながら蹴り飛ばした。口の中でもがいていた剛政が、慌てて這い出す。残っていた牙で、服が裂けてしまった。
「ルイス!」
 ドガッ、ドガッ、ドガッ……。ルイスは笑っているのか怒っているのかわからない。とにかく、頭を蹴りつづけている。彼の体は、どぎついオレンジ色に染まっていた。だがその顔の口元からは、赤い血が滴り落ちている。ルイスは小瓶を握りしめていた。握りこみすぎて瓶は割れ、彼の手も傷ついている。瓶の中には、血が入っていた――彼の衝動を抑えるための血だった。今では、滴り落ちる血が瓶の中に入っていたものか、彼の手から流れるものなのか、区別がつかない。ルイスは暴れつづけている。
「ルイスっ!」
 カラスが叫び、ルイスの背後にまわって、彼の体をはがいじめにした。
「もう終わったんだ、もう死んだよ!」
「うるせぇ! うるせぇよ、この野郎っ! 触んなぁあ!」
 カラスは人間だった。ルイスはムービースターであることに加えて、半吸血鬼であった。荒々しくカラスを引き剥がし、片手で投げ飛ばした。
「おっ、と……」
 吹っ飛ぶカラスを、素早くシュヴァルツが抱きとめる。彼の後ろで、血塗れの十字架が傾いた。シュヴァルツが機転をきかさなければ、カラスは十字架に突っ込んでいたかもしれない。
「ルイス……!」
「やれやれ。敵が増えちゃったね」
「彼は敵なんかじゃない!」
 カラスは言い捨てて走りだす。シュヴァルツは少しだけ肩をすくめた。
「血だ、血が、血が足りねぇんだよぉおっ!」
 叫び声なのか笑い声なのか、もうわからない。ルイスは、怪物の口から這い出してきた剛政に襲いかかった。
「――タイミングだったな。ああ、見ればわかったよ……!」
 ぎりっ、とロザリオを巻きつけた右の拳に力をこめて、剛政はルイスを迎え撃った。
 ルイスの人間離れした反応速度なら、もしかすると、避けられた拳かもしれない。けれどもその一撃は、見事にルイスの横っ面に叩きこまれた。
 無数の十字架が刺さった荒野が、消えていく。


「さてと! これが楽しみで引き受けたんだよねー」
 シュヴァルツは満面の笑みで、ひどい有り様の怪物に歩み寄った。シュヴァルツの足元でうごめく影が、寒々しい土の上に広がった。影の中から、ザワザワと不気味な音がする。
 影は、巨大な怪物の体を呑みこんでいった。建物さえ食べてしまう大食らいが、逆に喰われて、消えていく。
「大丈夫かい……? もう落ち着いた?」
 ぐったりとうなだれているルイスに、カラスが声をかけた。しばらく反応はなかったが、カラスは根気よく待ち続けた。
「オレさまはいつだって大丈夫だよ。そんで、いつだってクールさ!」
 やがてルイスが顔を上げ、牙を光らせて親指を立てた。片頬が腫れているが、彼なら治すまで時間はかからないだろう。カラスはほっとため息をついた。
「でもさ、ちょっとは加減してくれよ。ハンサム顔が台無しだ」
「はいはい、どーもスイマセンでした」
 ぐったりと座りこんでいるのは、ルイスだけではない。剛政もだ。お気に入りのスタイルが、怪物のヨダレと血と牙でめちゃめちゃになってしまっている。
「そうだ……あいつの口の中に、こんなのがあったぜ」
 怪物の口中のヒダに挟まっていたもの。それは、剛政は知る由もないが――深田という老人の家にあった、写真立てだった。壮年の夫婦と、子供たちを収めたスナップショットが入っている。ガラスは割れてしまってヨダレまみれだが、写真は無事だった。
「植村さんに届けよう。……よかった。何もかもなくなったわけじゃなかったんだ」
 カラスが受け取り、顔をほころばせる。
「ん? 何か、ガリッて……」
 その後ろで、食事も終盤にさしかかったシュヴァルツが眉をひそめた。呟き、彼は影の中に手をさしこむ。
 影の中からシュヴァルツが取り出したのは、一巻のプレミアフィルムだった。
 そう、誰しも、何もかも食べつくせるわけではないのだ。

クリエイターコメント龍司郎です。スミマセン、1週間くらいで納品する予定だったのですが、一身上の都合がいきなり積み重なってしまってギリギリになってしまいました。後半、ある方の暴走によりモンスター退治後にもエピソードが追加されました。バトルを楽しんでいただけたら嬉しいです。なお、他の参加者様のプレイングの都合もありまして、すべてのプレイングを反映できなかったことをお断りしておきます。それでは、今回も、ご参加ありがとうございました。またヨロシクお願いします。
公開日時2007-03-10(土) 23:00
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